2014年9月10日水曜日

My Recommendations No.17 「論文捏造」

HBS総合診療歯科学分野教授 河野文昭先生が,ご推薦図書3冊の書評を寄せてくださりました。
河野先生,ありがとうございました。

今日は,そのうちの1冊「論文捏造」(村松秀 / 中央公論新社)の書評をご紹介します。



科学における不正行為は,実験データの改ざんや捏造,他人の論文のひょう窃等があり,論文捏造,改ざんの事件はあとを絶たない。ノバルチスの高血圧降圧剤ディオパンに関するデータ捏造事件,そして,理化学研究所のSTAP細胞に関する論文捏造事件が私たちの記憶に新しい。このようなことがあると,本人はもとより科学界全体の信用が失墜し,不正行為を働いた者はそのまま研究者として働くことは不可能に近い。

数多くの論文不正事件は,インターネットやマスコミによって世界中にリアルタイムで伝えられるが,2002年に起きたベル研究所のヘドリック・シェーン事件や2005年の韓国のファン・ウソク事件は世界で最も有名な論文不正事件である。これらに匹敵する研究不正としてこのままではSTAP細胞事件も認知されそうである。
 本書は,2002年に起きたベル研究所の科学者シェーンが作成した2000年から2001年にかけてサイエンスに発表した高温超伝導の10編の論文とネイチャーに発表した7編の論文が、後に捏造であることが判明し、全て撤回された事件を関係者の取材を基にまとめたものである。筆者は,NHKのディレクターであり,この事件を取材し,100名を超える関係者にインタビューを行い,2004年,2005年に2つのドキュメンタリー番組としてまとめられNHKから放送されたが,その時に紹介できなかった資料を加え,なぜ捏造を行ったのか,なぜ不正が見抜けなかったのか,本書にまとめている。本書を読むと週刊誌や新聞報道で話題となっているSTAP細胞事件と環境や状況が非常に酷似していて興味深く,面白い。シェーンは世界屈指のベル研究所に所属する研究者であり,共同研究者には超伝導で有名な研究者が名前を連ね,そして著名な研究者が彼を重用し,その加護の下に独走を許したこと,権威のある雑誌に論文が掲載されたなど共通点が多い。性善説に立った科学界にある科学者同士の暗黙の了解や信頼によって,長い間,研究所の同僚でさえ彼の論文のデータに疑問を持っていたにも関わらず,論文捏造が研究所内で続けられていた。本書には無名の若い科学者が論文捏造に手を染め,有名になって行く過程が描かれている。シェーン事件の深層を知るに連れ,研究倫理教育の必要性を痛感する。
 論文不正に対しては,様々な防止策が講じられている。しかし,依然として論文不正や間違いによる論文撤回は多い。研究者の置かれている環境が年々厳しくなってきていることや究極の悪しき成果主義の結果,このような論文捏造事件が起こるのではと感じた。 


本書は1階ロビーに展示していますので,関心のある方はぜひご覧ください。
また,ご推薦図書のあと2冊については現在注文中です。
入荷でき次第,順次お知らせさせていただきます。