2016年10月4日火曜日

My Recommendations No.79,80,81「治せる医師・治せない医師」,「医師はなぜ治せないのか」,「心臓 : 患者と医師、そして医療の進歩の35年にわたる物語」

附属図書館長,吉本勝彦先生(分子薬理学分野教授)より,My Recommendationsコーナーに図書をおすすめいただきました。 吉本先生いつもありがとうございます。

My Recommendations No.79,80
『治せる医師・治せない医師』
『医師はなぜ治せないのか』
(バーナード・ラウン / 築地書館)

My Recommendations No.81
『心臓 : 患者と医師、そして医療の進歩の35年にわたる物語』
(ディック・チェイニー, ジョナサン・ライナー, リズ・チェイニー / 国書刊行会)

書評をお寄せいただいておりますので,早速ご紹介します。


これらの2冊はThe Lost Art of Healing: Practicing Compassion in Medicine(1996年発行)の翻訳で前半部分が「治せる医師・治せない医師」、後半部分が「医師はなぜ治せないのか」に分けられている。著者のバーナード・ラウン博士は、ハーバード大学医学部の関連病院(現在はブリガム・アンド・ウィメンズ病院)でジギタリスと低カリウム血症の関係の研究、直流除細動器の開発、不整脈と心臓突然死の研究など、心臓病学の最前線を切り開いた。心室性期外収縮のLown分類、Lown - Ganong - Levine (LGL)症候群(心電図でPQ短縮はあるが、デルタ波を認めずQRSの形が正常で、発作性上室性頻拍を起こしやすいもの)などに名前を残している。1985年には核戦争防止国際医師会議を代表してノーベル平和賞を受賞した。
本書から印象に残った文を抜き書き、または要約して紹介する。(カッコ内は吉本による注釈)
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1. 問診(p.29-39から抜き書き)
「短い問診の時間で、必要な情報だけでなく、患者の人となりをつかまなければならない。簡単なようだが医師の技術の中で聞くことほど複雑で難しい技はない。言葉に出せない問題を聞く耳を持つ能動的な聞き手にならなければならない」、「何をやってもだめなら、患者の話を聞け」、「しばしば患者は誤りを指摘してくれるだけでなく、最善の問題解決方法のヒントを提供してくれる」、「問診をするときに、患者の家族、特に配偶者が同席するほうが、たいていうまくいく」

2. 身体診察(p.44-46から抜き書き)
「触れることで、深い洞察が得られる。初診で最初に交わされる会話は、さしさわりのないことがほとんどだ。身体を診察した後、患者との人間関係が大きく変化することが多い。よそよそしさがなくなり、気がねなく気楽に話せるようになる」、「握手の診断的価値に関して、論文が書けるほどだ」、「打診は医師と患者の結びつきを強め、信頼を醸成する手段である」

3. 傷つける言葉(p.83-85から要約)
「ある日、メンターであるレヴァイン先生が回診の際「これははTSの症例だ」と言った。医師は三尖弁狭窄症(tricuspid stenosis)このことをTSという。患者は「これで終わりね」とつぶやいた。ラウン先生がたずねると、TSとは『末期的状態terminal situation』のことでしょうと答えた。その後、心臓は悪くないのに心不全状態で死亡してしまった。」

4. なぜ医師は傷つくことを言うのか(p.100から抜き書き)
「どのような理由があろうと、患者をおどかしたり無力にするような言葉を使うことは正当化できない。患者を恐怖におとしいれて、難しい選択を強いてはならない。もし医療が会社であれば、患者が社長だ。患者がはっきりとものを言えるようでなければならない」

II「医師はなぜ治せないのか」
1. 性について(p.35から抜き書き)
「高齢者のセクシュアリティーは常に悲しみを帯びている。深い喪失感があるが、率直に語る人は少ない。医師もこの話題を避ける。老いの非情な現実だから、どうすることもできないとむなしく思う。それでも共感を持って患者の悩みを聞くことで、苦しみを和らげることができるかもしれない」

2. 医師の老化について(p.50から抜き書き)
「若い時とちがって、私は自信が持てないとき、患者に正直にそう言う。意外にもそのほうが、患者は医師を信頼する。医師の横柄さは、自信のなさを隠そうとするみえみえの態度である。若者は謙遜とは無縁だが老人には謙遜が身に付いている」

3. 発見の代償(p.96から抜き書き)
「当時、心不全患者の主要な死因の1つがジギタリス中毒だった。利尿薬によってカリウム濃度が低くなると、ジギタリスに対する感受性が高まって中毒になりやすくなる」(ことを発見した)
(約30年前に、先輩医師から「ジギタリスとステロイドをうまく使いこなせると一人前の内科医」と言われた時期があったと聞いたことがある。レヴァイン先生は利尿薬によるジギタリス中毒は、心筋が過剰なジギタリスにさらされることが原因と考えていたが、ラウン先生はその考えは誤りであることを実証した。)

4. 電気ショックによる治療(p.127から抜き書き)
「心臓病治療が全体的に向上したことも嬉しかったが、それ以上にうれしかったのは、患者が苦しみあえいでいた心臓のバタバタ音を、この器械(除細動器)で簡単に、奇跡のようにドクドクという音にもどせることだった。数時間のうちに患者たちは、胸をかきむしるほど苦しかったことも、嘘のように忘れた。」
(現在はAED (自動体外式除細動器)が普及し、心停止者の救命率を上げることが期待されているが、実際に使われた割合は低く、設置場所の周知や使用法の啓発が一層求められている)

5. 集中治療室(p.136-173から抜き書き)
「犬の冠状動脈前室間枝を閉塞させると、24時間から36時間以内にさまざまな心室性不整脈があらわれ、既成の抗不整脈剤を試しても不整脈を抑えることはできなかった。しかし、驚くなかれ。リドカイン(局所麻酔薬)を注射したとたんに、あらゆる心室性期外収縮が止まった。まるで、湧き上がる不整脈の栓をぴたっと閉めたようだった」
(1950年代の手術室で胸部外科医が肺切除の際に、キシロカインを心臓にかけるという妙なことをしていた。ラウン先生が理由を尋ねると「肺手術中に心拍が乱れないようにするためだ」と胸部外科医は説明した。このことからキシロカインが不整脈に効くかどうか調べてみようと思いたった)

6. 医師の選び方(p.189-191から抜き書き)
「患者に会ったとき、医師が握手をするかしないか。このジェスチャーは医師が患者に近づきたいと思っていることをあらわす」
「時間厳守は医師の人間性をはかる重要な要素である。時間を守ろうとする気持ちは、基本的に相手に対する敬意のあらわれだ」
「問診のときに電話で中座するような医師も用心したほうがよい」
「医師は自信と楽天主義にあふれていなければならない」
「重要な点は、医師が患者の言うことに進んで耳を傾けることができるかどうかである」
「患者が言ったことを医師がもう一度繰り返したり要約したりすれば、その医師はよく訓練されたよい聞き手である」
「『なぜこのようになるまで放っておいたのですか』とか『もっと早く来ていただきたかったですね』」などと言って患者を責める医師も警戒するべきだ」
「冗談にしろ患者を傷つけることを言う医師には低い点数をつけるべきだ」
「患者を隅々まで診察する医師は、ていねいさという点で優れているだろう」
「公に過ちを認めることは、失敗の繰り返しを最小限に抑える最善の方法であり、最高の医師になれる資質と言って良いだろう」

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残念ながら両書とも現在は絶版である。原書は1996年に発行されているが、古さを全く感じさせない。治療法開発の歴史を振り返る点でも興味をそそるが、それ以上に、医師としての態度において、わが身を振り返ると反省させられることばかりである。患者の訴えに真摯に耳を傾ける姿勢を持ち続け、医療機器による検査に頼らず、自分の五感を研ぎ澄まし診療技術を磨き続けられる内科医でありたい。

また、心臓病治療については次の本も取り上げたい。
「心臓 - 患者と医師、そして医療の進歩の35年にわたる物語」(ディック チェイニー, リズ チェイニー, ジョナサン ライナー 著、国書刊行会)では、アメリカの第43代ジョージ・W・ブッシュ大統領の副大統領を務めたチェイニー氏(「史上最強の副大統領」と呼ばれた)が1978年に心臓発作を起こしてから35年にわたった闘病 (血管拡張手術、バイパス手術、冠動脈手術、左心室補助装置の埋め込み手術、71歳で心臓移植)を記録している。また主治医であるジョージ・ワシントン大学医学部のジョナサン ライナー教授により心臓病治療の歴史と医療の進歩について分かりやすく解説されている。心臓病治療の最近の歩みがチェイニー氏の具体的な治療として示されているので理解しやすい。合わせて読むことを勧める。

3冊とも,本日より蔵本分館1階My Recommendationsコーナーに展示しています。ぜひ手に取ってご覧ください!

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