My Recommendations No.84,85
『戦争まで : 歴史を決めた交渉と日本の失敗』
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
(加藤陽子 / 朝日出版社)
My Recommendations No.86
『君たちが知っておくべきこと : 未来のエリートとの対話』
(佐藤優 / 新潮社)
書評をお寄せいただいておりますので,早速ご紹介します。
『戦争まで : 歴史を決めた交渉と日本の失敗』
世界各地で戦争、内戦が行われ、テロ事件も頻回に認められる。学生の皆さんは戦争に対してどのようなイメージを持っているのであろうか、戦争はどうして起きたのか考えた事はあるだろうか。私自身は、経済白書の結びで「もはや戦後ではない」と記述された1956年の前年の生まれである。ただ、1926年生まれの父親から、軍隊生活の厳しさについてよく聞かされた。また、小学生の頃には日中戦争を場としたテレビ映画がしばしば放映されていた。このため、小・中・高校生時は「戦争は非常に怖いもの」という印象しかなかった。
本書は東京大学文学部の加藤陽子教授が、公募された高校生などを対象とした6回における講義をまとめたもので、歴史を知ることの意味を伝えている。1931年のリットン報告書、1940年の日独伊三国軍事同盟条約締結における国内の合意形成の過程、1941年の日米交渉における両国の思惑という、3つの「世界が日本に、『どちらを選ぶのか』と真剣に問いかけてきた交渉事」を取り上げ、我が国が「世界の道」との斬り結びに3回とも失敗したことが史料をもとに具体的に検証されている。このようにして、私たちがこれまで信じて疑わなかった歴史上の「通説」や「俗説」が次々と打破されているのがわかる。
1. 満州事変に対する中国からの訴えをもとに国際連盟が設けたリットン調査団による報告書が、「我が国にとって極めて厳しい内容であった」という当時の新聞報道について、実際には「事変前の中国側の排日ボイコットにも問題がある」ことを指摘したものだと著者は述べている。リットンは日本側に配慮した解決条件を提示していたのだ。しかし、国民の目の前に提示された選択肢は「確実に、満州国は取り消される」という偽の確実性を前面に出したものであった。
2. わずか20日間で結ばれた三国軍事同盟条約については、ドイツとの交渉や国内での合意形成過程に焦点をあてている。軍の首脳は慎重派だったが、意思決定は外務省・陸軍省や海軍省の課長級・佐官級の協議で行なわれ、ドイツの勝利を前提に、その分け前がもっぱら話し合われた。それがオランダ領インドネシア、イギリス領マレー、フランス領インドシナ(仏印)だった。すなわち、建て前はアメリカを有効に牽制する同盟であったが、実際は戦勝国ドイツを牽制するための対ドイツ同盟だったのである。「白人の植民地支配からアジアを解放する」というスローガンは、後からつけられたものであった。
3. 最終的に開戦をもたらしたのは、1941年7月に南部仏印に進駐しても「アメリカは石油を全面禁輸としない」との目算が狂ったことや、1941年4月から11月までの交渉における「日米首脳会談」の検討結果である。「日本側が南部仏印から撤兵し、仏印の物資を公平に分配できる方法があればその努力を惜しまない」とのローズヴェルト大統領からの提案があった。この動きを受け、近衛首相が大統領に首脳会談を呼びかけ、開戦に積極的でなかった大統領からも同意が得られていたが、民間きってのアメリカ通である野村大使の不注意で漏れ、首脳会談は幻となった。また、開戦直前の12月6日午後9時に大統領は昭和天皇に、今一度交渉を呼びかけるメッセージの電報を出した。ところが陸軍はこの電報を東京の中央郵便局で15時間留め置くよう指示し、東京のアメリカ大使館に届く時間を引き延ばしたのだ。
この講義の目的は「現在においても将来においても、交渉が必要となった時、よりよき選択ができるよう、相手方の主張、それに対する自らの主張を掛け値なしにやりとりできるように究極の問題を挙げシミュレーションしようとしたことにある」という。著者の種々の質問に対する高校生からの回答や質問からは、参加している高校生の問題意識の高さに驚かされる。また「戦争まで」の失敗例について種々の角度から当時の世界史の中の日本政治経済史がたどられていることから、高校生ならずとも、学生や教職員にとっても冷静に物事を見る目を養うべき点が多いことに気づかされる。 本書は講義形式でわかりやすく近現代史を学べる点からも薦める。
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』は、神奈川県の栄光学園の歴史研究部の中高生を対象とした加藤陽子教授の集中授業をまとめたものである。
日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変・日中戦争、太平洋戦争などの「戦争」を、なぜ日本の指導者層は選択したのかを説いている。満州事変・日中戦争に関しては、中国が日本との戦争に最終的に勝つためには、「最初の2、3年間日本に負け続けることで、米ソを不可避的に日本と中国の紛争に介入させ、最終的に勝利できる」と主張した駐米大使の胡適の「日本切腹・中国介錯論(日本の切腹を中国が介錯(切腹する人の後ろに立って作法のとおりに腹を切ったその人の首を切りおとす)する)」などは、このような先を見越した考え方をもっていたのかと驚かされる。
日本側の知られざる海軍軍人についても紹介している。水野廣徳は「主要輸出品目が生活必需品でない生糸である点で、日本は致命的な弱点を負っている。よって日本は武力戦に勝てても、持久戦、経済戦には絶対勝てない」と主張したが、この議論は弾圧されたことを解説している。一般には知られていないことが盛り沢山である。このような観点から、ベストセラーとなり、小林秀雄賞を受賞したのも納得できる。
「理科系に行った人は、世界史・日本史はもとより地理とか倫理、哲学もきちんと理解しておく」
灘高校の生徒たちが、知の巨人と呼ばれる佐藤 優氏(元外交官)の書籍を読み込んだ上で質問や意見を述べ、著者と対話した『君たちが知っておくべきこと: 未来のエリートとの対話』もお薦めである。灘高生の問題意識レベルは極めて高いことが読み取れるが、著者は政治・経済・思想・国際関係・教育など高校生の質問に対して自らの経験をふまえながら解説している。
印象に残った文の抜き書きを以下に示す(一部は吉本による要約)。
・「女性問題で転ばないでね。ほかの人は誰も言わないと思うから私が言っておくけど、そこは気を付けてください。小説を通じて代理経験を積んでおきなさい。」(77-78ページ)
・「岡田尊司の分析によると、マインドコントロールの原形は、子供たちが集まるスポーツクラブや進学塾にあると言うんです。そこでは子供をトンネルに入れるみたいに周囲から遮断して、その小さな世界のルールや価値観で支配する。トンネルの先に見える明かりは試合に勝つ、もしくは志望校に合格すること。そこに向かって脇目もふらずに邁進していく、そんな世界を作る。この方法をとることで確かに効率的に能力を伸ばすことができるかもしれないけれど、そういう形で思考の鋳型を作られちゃった人というのは弱いんです。つまり、その後の人生で、企業であれ、カルトであれ、役所であれ、外界から遮断されたところに入れられて、独自の価値観の中で評価されて、出口はここだって言う一点を見せられると、比較的簡単に疑問も持たず、その世界に没入してしまう。マインドコントロールされやすい。」(82-83ページ)
・「イギリスの小学校6年から中学校2年生に相当する生徒たちが使う歴史の教科書は明らかにエリートを養成するための教科書である。マウントバッテン卿にたいして「インド独立を認めさせるように手紙を書きなさい」が課題である。通史ではなく大英帝国の歴史上のターニングポイントに関する問題を生徒たちに考えさせているわけ。その過程で必然的に細かいデータもたくさん学ぶしね。そうやって歴史を押さえていくという方法で子供たちを教育している。」(97ページ)
・「日本の大学1、2年生の歴史教育のレベルが大体ロシアの中学生のレベル。ロシアの場合は、授業と言ったらすなわち全部暗記なんですよ。」(101ページ)
・「数学力の低下というのは日本だけでなく、国際的な問題なんだよね。その中でインドやロシアは国家戦略的に数学力を上げてきている。」(105ページ)
・「第一に学校の勉強を絶対にバカにしないこと。受験勉強は決して無駄にはなりません。受験勉強で身に付けた知識を大学に入ってからも継続して伸ばしていくこと。系統的に本を読むこと。かといっていきなり難しいものや、極端な説を唱えているのを読むんじゃないよ。きちんとした順番で本を読んでいくことが大切だ。それは先生や周囲にいる先輩で信頼できる人に聞けば、どういう順番で読んだらいいのか必ず教えてくれるよ。あともう一つは外国語力をつけること、あるいは将来において外国語力が必要になる局面が来ることをよく自覚しておくこと。もはや英語だけでは不十分。これからは中国語が必要になる。」(154ページ)
・「イギリスなんかは、教師と生徒が結ぶ人格的な関係、師弟関係といってもいいけれど、そうした輪の中で教育していく。ものの見方、考え方、人の気持ちになって考えること、価値観、そういったことを教師は生徒に継承させたり、あるいは継承させないでおこうと思ったりする。」(179-180ページ)
・「文科系に進んでいく人は大学に入ってから数学の講座をとる。そこで、偏微分とか重積分あたりまで進めていけばいい。理科系に行った人は、世界史・日本史はもとより地理とか倫理、哲学、こういうものもきちんと理解しておく。大学の教養課程のなかで自分が苦手だなと思うものをきちんと補強して、3分の2が文科で、3分の1が理科もしくはその逆という感じを目指すといい」(211ページ)
・「ケンブリッジもオックスフォードもハーバードもスタンフォードもモスクワ国立大学も、主な専攻を3つ決めさせるようになっている。3つのうち2つは文化系を選んだら、もう1つは理科系を選ばせるとか、ひとつの専攻にはまり込まないようになっているんだ。なので卒業時には日本で言うと3つの学部を修了するレベルになるわけ。日本は早い段階からいずれかに特化せざるを得ない教育システムだから、将来の選択の幅を狭めてしまう。」(212ページ)
これらは学生(もちらん学歴エリートでなくとも)にとっても、有用なアドバイスである。参考にしてほしい。
『戦争まで : 歴史を決めた交渉と日本の失敗』と『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の2冊は,挿絵や人物の写真,手書きイラスト風の地図などが豊富に差し挟まれていて,まるでよくまとめられた講義ノートを見せてもらっているよう。
『君たちが知っておくべきこと : 未来のエリートとの対話』は対話形式なので,難しい問題を話し合っている箇所もやさしく読めます。
3冊とも本日より蔵本分館1階ホール,My Recommendationsコーナーに展示しています。ぜひ手に取ってご覧くださいね!
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